童話作家・北村正裕のナンセンスの部屋MENU >白鳥の湖への旅 >
「白鳥の湖」1895年版台本全文訳
バレエ「白鳥の湖」1895年版の物語の紹介は、色々な本にのっていますが、1895年に実際に出版された台本の完全な邦訳は、少なくとも、1999年4月現在、容易に入手可能な出版物には掲載されていないようです（加筆が施されたと思われるものはあるが、それには使用した底本の記載がなく検証不可能）。さいわい、Wileyの"Tchaikovsky's Ballets" という本に、1895年に出版されたものを出典とする英訳文が付録として掲載されているので、ここに、それを邦訳したもの（北村正裕訳）を掲載します。なお、1877年版原台本の邦訳（森田稔訳）は、森田稔氏の「永遠の白鳥の湖」に収録されています。また、森田氏の本には、1896年に出版されたスコアに収録された台本の邦訳が載っていますが、これは、1894年時点での、いわば原案に相当するもののようです。それから、1895年版の台本のロシア語原文は、Demidov の"Lebedunoe Ozero (白鳥の湖)" に掲載されているようで、鈴木晶氏が、その原文から訳したものを、鈴木氏のご好意により送っていただきましたが、直接話法と間接話法の違いなどはあるものの、実質的には、Wiley の英訳文と一致している事を確認済みです。
(99.4記）
（鈴木氏の訳文は、2000年2月に開設された鈴木氏のホームページ（リンクページ参照）に掲載されています=2000年2月付記）
1895年版台本を見ると、アポテオーズ（フィナーレ）は、タイトルだけで、内容は空白になっています。しかし、Wiley の本(P.269)によると、振付メモの中には、「アポテオーズが始まり、白鳥たちにひかれたボートにのって、白鳥の女王と王子が航行」とあります。また、湖の由来についても、1895年版台本にはありませんが、振付メモには、オデットのセリフ（マイム）として、「そこに、湖があります。私の母が泣きに泣いたのです」とあり、湖が、オデットの母親の涙によって出来たという解釈がとられています（1877年版原台本では、湖は、オデットの祖父の涙でできた事になっています）。今日の色々な本に紹介されている物語（あらすじ）は、様々に改変されたものであるということが、改めて確認できます。
＜資料＞
３幕４場の幻想的バレエ「白鳥の湖」（台本）
-1895年版-
Wiley の英訳文を用いた北村正裕による邦訳
第１幕
第１場
城の前の公園
ベンノと彼の仲間たちは、ジークフリート王子の成人を陽気に祝うために、彼を待っている。ジークフリート王子が、ウォルフガンクに付き添われてはいってくる。祝宴が始まる。農家の娘たちと若い男たちが、王子に祝いを述べるために到着し、王子は、若者たちに、自分でワインをとって飲むように指示し、娘たちにはリボンを与える。ほろ酔い加減のウォルフガンクは、彼の生徒の注文が実行されるように配慮する。農民達の踊り。
召使達が駆け込んできて、王妃―母親の到着を告げる。この知らせは、陽気に騒いでいた一同を慌てさせる。踊りは中止され、召使たちは、急いで、テーブルを片付け、祝宴の痕跡を隠す。若者達とウォルフガンクは、禁酒を装う。王妃が、従者に先導されてはいって来る。ジークフリートは、彼の母親に会いに行き、うやうやしく挨拶する。彼女は、彼が彼女をだまそうとしている事を、優しく叱る。というのは、彼女は、彼が祝いの最中である事をよく知っており、彼の友達の輪とのお祭り騒ぎを止めさせるために来たのではなく、彼に、今日が、独身時代の最後の日であり、明日には結婚しなければならないのだという事を思い出させるためにやって来たのだ。花嫁は誰かという問いに対しては、王妃は、それは、明日の舞踏会の時に決まるのであり、そこに、彼女は、彼女の娘、彼の妻にふさわしいすべての娘達を呼び寄せてあるのだと答える。彼は、最も気に入った娘を自ら選ぶことになっているのだ。
中断していたパーティーを続けさせる事を決断して、王妃は退場する。
王子は、物思いに沈んでいる。自由でのんきな独身生活をあきらめる事が、彼を悲しませているのだ。ベンノは、将来への心配は、愉快な現在には、何の役にも立たないと、彼を説得する。ジークフリートは、お祭り騒ぎの再会の合図をする。祝宴と踊りが再会される。完全に酔っ払ったウォルフガンクが、踊りに参加し、みんなを笑わせる。
夜が訪れつつある。もう一度の別れの踊りを踊って、解散する時間である。カップを持ちながらの踊り。
白鳥たちの群れが上空を飛んで行く。若者たちは、まだ、眠くない。白鳥たちの姿は、彼らに、狩によるこの日の終わりを考えさせる。ベンノは、白鳥たちが夜、飛んで行く場所を知っている。酔っ払ったウォルフガンクを残して、ジークフリートと若者たちは、出発する。
第２場
岩の多い、荒れた場所。舞台の奥には湖。右手の岸には、礼拝堂の廃墟。月に照らされた夜。
第１景
白い白鳥の一群が、湖を泳ぎまわっている。正面に、頭に王冠を載せた一羽の白鳥。
第２景
ベンノが、王子の従者の中の何人かの友人たちとともに入って来る。白鳥たちに気づいて、彼らは、射ようとするが、白鳥たちは泳ぎ去る。ベンノは、群れを見つけた事を王子に知らせるために仲間達を使いに出して、ひとり、残る。白鳥たちは、美しい、若い少女たちの姿に変わり、ベンノを取り囲む。彼は、魔法の現象に驚き、彼女たちの魅力に無力になる。彼の仲間たちが、王子の先に立って戻ってくる。彼らが到着すると、白鳥たちは後退する。若者たちは、それを射ようとする。王子が入ってきて、やはり、狙いを定める。しかし、この時、廃墟が魔法の光に照らされ、オデットが現れ、慈悲を嘆願する。
第３景
ジークフリートは、彼女の美しさにうたれ、仲間たちに、撃つことを禁じる。彼女は、彼に、感謝の意を表し、彼女、王女オデットと彼女に従う少女たちが、彼女たちに魔法をかけたよこしまな悪魔の不幸な犠牲者なのだという事を説明する。昼間の間、彼女達は白鳥の姿でいる事を運命づけられ、夜に、この廃墟の近くでだけ、人間の姿を取り戻す事ができるのだ。彼女たちの支配者は、ふくろうの姿で、彼女たちを監視している。彼の恐ろしい魔力は、誰かが、彼女と、終身の、真実の恋に落ちるまで続く。他の誰にも愛を誓った事のない者だけが、彼女の解放者となり、彼女を元の状態に戻すことができるのだ。ジークフリートは、魅了されて、オデットの話を聞く。この時、一羽のふくろうが飛んできて、悪魔の姿に変わって、廃墟に現れ、会話を聞いてから、消える。ジークフリートは、オデットが白鳥の姿をしている時に彼女を殺してしまっていたかもしれないという考えに、ぞっとする。彼は、弓を折り、憤然と、それを投げ捨てる。オデットは、若い王子を慰める。
第４景
オデットは、友達をみんな呼び集めて、踊りで、彼の気を晴らそうと試みる。ジークフリートは、オデットの美しさにいっそう魅了され、彼女を救う事を申し出る。彼は、決して、誰にも、愛を誓ったことなどなく、それゆえ、彼女を、ふくろうの魔法から救い出すことができるのだ。彼は、悪魔を殺して、オデットを解放すると言う。が、オデットは、それは不可能だと言う。悪魔の破滅は、誰か、夢中になった男が、オデットへの愛のために自らを犠牲にする時にだけ訪れるのだ。ジークフリートには、その用意もある。彼女を救うためなら、喜んで死のうと。オデットは、彼の愛を信じ、彼が、他の誰にも愛を誓ったことがない事も信じる。しかし、明日は、ありとあらゆる美しい少女たちの集団がかれの母親の宮廷にやってくる日であり、彼は、その中の誰かを、花嫁に選ばなければならないのだ。ジークフリートは、自分が結婚するのは、オデットが舞踏会に現れた時だけだと言う。が、不幸な少女は、それは不可能だと答える。なぜなら、その時間には、彼女は、白鳥の姿で、ただ、城のまわりを飛ぶことしかできないからだ。王子は、決して彼女を裏切らないと誓う。オデットは、その若者の愛に動かされ、彼の誓いを受け入れるが、悪魔が、彼に、他のひとに忠誠を誓わせるためにあらゆる事をするだろうと、警告する。ジークフリートは、なお、どんな魔法も自分からオデットを奪う事はできないと約束する。
第５景
夜が明けかかっている。オデットは、最愛の人にいとまごいをして、友達と一緒に廃墟の中に消える。夜明けの光が明るくなる。湖面を、再び、白鳥の群れが泳いで行く。そして、その上を、大きなふくろうが、羽を重々しく揺り動かしながら、飛ぶ。
第２幕
壮麗な広間。すべてが、祝宴のために準備されている。
第１景
式典長が、召使達に、最後の細かい命令を与えている。彼は、到着する客人達を迎え、席に案内する。廷臣達の先頭に立って、王妃とジークフリートが入場。花嫁達と彼女の親達の行進。花嫁候補達のワルツ。
第２景
王妃―母が、息子に、どの娘が一番気に入ったかと尋ねる。ジークフリートは、彼女達がみんな、とても楽しい娘達だと思ったが、誰をも、永遠の愛を誓う相手とは見ていない。
第３景
トランペットが新しい客人の到着を知らせる。フォン・ロットバルトが、彼の娘オディールと共に入って来る。ジークフリートは、彼女がオデットに似ていたので驚き、彼女に熱狂的にあいさつする。オデットが、白鳥の姿で窓辺に現れ、彼女の恋人に、悪魔の魔法に対しての警告をする。しかし、彼は、新しい客の美しさに心を奪われ、オディール以外の何も、見たり聴いたりしない。新たに、踊りが始まる。
第４景
ジークフリートの選択が行われる。オディールとオデットは同一人物だと確信して、彼は、オディールを自分の花嫁に選ぶ。フォン・ロットバルトは、勝ち誇って、娘の手を取り、その若い男に与え、彼は、みなの前で、永遠の愛の誓いを宣告する。
この時、ジークフリートは、窓辺にオデットを見る。彼は、自分が欺瞞の犠牲になってしまった事に気づくが、すでに、遅すぎる。オデットは、永遠に、悪魔の魔力の中に取り残されることになってしまった。そして、その悪魔は、窓辺のオデットの上空に、ふくろうの姿で現れる。絶望の爆発の中で、王子は消える。一同は混乱する。
第３幕
白鳥の湖の近くのさびれ果てた場所。遠方に魔法の廃墟。崖。夜。
第１景
少女の姿の白鳥たちが、心配そうに、オデットの帰りを待っている。休まることのない、苦痛の時間をちぢめるために、彼女達は、踊りで、自分達をなぐさめようとする。
第２景
オデットが走り込んでくる。白鳥たちは、彼女に喜んであいさつするが、ジークフリートの裏切りを知った時、絶望が彼女達を支配する。すべては終わった。悪魔は勝ち誇り、不幸なオデットの解放はない。彼女は、永遠に、悪魔の魔力の奴隷であり続けることを運命づけられてしまった。ジークフリートなしで生きるよりは、少女の姿のうちに、湖の波の中で死んだほうがいい。彼女の友人たちは、空しく、彼女を慰める。
第３景
ジークフリートが走り込んでくる。彼は、オデットの足元にひれ伏して、故意ではない自分の裏切りに対して許しを乞うために、彼女を探す。彼が愛しているのはオデットだけであり、オディールに忠誠の誓いを立てたのは、彼女の中にオデットを見たからにほかならなかった。オデットは、恋人の姿を見ると、悲しみを忘れ、ふたりとも、再会の喜びに身をゆだねる。
第４景
悪魔が現れて、つかのまの恍惚をさえぎる。ジークフリートは、オディールとの結婚の誓いを実行せねばならず、オデットは、夜明けの訪れとともに、永遠に、白鳥の姿にならなければならない。時間があるうちに死んだほうがよい。ジークフリートは、彼女とともに死ぬことを誓う。悪魔は、恐れをなして、消える。オデットへの愛のための死は、悪魔の破滅を意味するのだ。不幸な少女は、最後に、ジークフリートを抱擁してから、崖に駆け上り、その高さから、自分の身を投じる。悪魔は、彼女を白鳥に変えようとして、ふくろうの姿で、彼女の上空を旋回する。ジークフリートは、彼女の援助に走り、彼女とともに、湖に身を投げる。ふくろうが、死んで、落下する。
アポテオーズ